Q


1: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:42:17 ID:vLT
あと何や

2: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:44:19 ID:iUw
長篠の話だとすると、全力でかき集めて3000で合っとるで
武田も数百丁はもっとったけどな

3: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:44:57 ID:dya
1000丁あれば十分だと思うのですがそれは

4: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:45:34 ID:FlW
武田騎馬軍なんてなかった

5: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:45:45 ID:2oT
武田騎馬隊は下馬して戦った説

6: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:46:35 ID:dya
蒙古は神風じゃなくて普通に撃退したっていうのはある意味ガッカリか

7: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:48:35 ID:FlW
ドイツ軍戦車は言うほど凄くなく、むしろソ連戦車のほうが兵器としては上という話

9: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:52:52 ID:zIt
>>7
ドイツ戦車は単体での性能はすごかったよ
凄すぎて他が駄目だっだけ

10: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:53:59 ID:FlW
>>9
性能は凄くても機構が複雑すぎて稼働率ゴミという兵器としてはとても残念な点がある

11: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:54:55 ID:PWu
冶金技術とかもソ連のほうが上だしな

12: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:55:22 ID:iUw
列車砲とかいう胸を熱くさせる兵器;;
なお、

「列車砲」とは

列車砲(れっしゃほう)は、陸上では運用が困難な大口径・大重量の火砲(重砲)を列車に搭載し、鉄道レール(線路)上を走行させることによって移動を可能とした兵器である。

引用元:Wikipedia



13: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:56:10 ID:O8K
>>12
話をすぐ兵器にもっていくやつ嫌い

22: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:00:38 ID:iUw
>>13
ガッカリ歴史に兵器は当然なんだよなぁ

8: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:51:41 ID:fw8
ナチスははオカルトマニアでは無かった

14: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:56:29 ID:gsp
関ヶ原は速攻でケリが着いてた

15: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:57:12 ID:FyU
しゃーない黒田長政のタンパリング力が高すぎた

16: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:58:02 ID:R9e
決闘の時に武蔵小次郎は結構ええ歳だった

補足

巌流島での決闘の際、宮本武蔵が17歳もしくは29歳、佐々木小次郎は57歳もしくは69歳で40の歳の差があったとされる。(諸説あり)


21: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:00:34 ID:6VN
>>16
それより決闘の理由が残念だわ
出世のためなんやろ?

34: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:04:28 ID:R9e
>>21
出世というか指南役

31: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:04:01 ID:doD
>>21
加えて弟子たちを先に島に潜伏させておいて万全を期してたらしい

37: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:05:17 ID:FlW
宮本武蔵は島原の乱に参戦したけど石に当たってログアウトした

17: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)21:58:35 ID:O8K
戦国時代本当に下剋上したのは斉藤道三だけはガッカリだったな

33: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:04:20 ID:iUw
>>17
「下克上」の意味が分かっとるんかいな?
例えば、尾張の本来のボスの三家老のそのまた配下である信長家が尾張の実権を握っとるのは立派な下克上やで

36: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:05:11 ID:O8K
>>33
織田家は斯波氏の守護代だから下剋上とは言えん

41: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:05:54 ID:gsp
>>36
斯波を追い出したら下剋上やし、道三も土岐を追い出してるからな

23: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:01:09 ID:A2N
うっかり平安時代が400年近く続いた

26: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:01:46 ID:LGn
赤壁はあるやろ

三国志「赤壁の戦い」

赤壁の戦い(せきへきのたたかい、簡体字:赤壁之战、繁体字:赤壁之戰)は、中国後漢末期の208年、長江の赤壁(現在の湖北省咸寧市赤壁市)において起こった曹操軍と孫権・劉備連合軍の間の戦いである。

引用元:Wikipedia



20: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:00:08 ID:jpH
赤壁の戦い自体はあったんやで
有名な一連のエピソードは全部創作ってだけで

25: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:01:23 ID:2oT
>>20
連環の計は他の戦いから持ってきた話とかきいた

「連環の計」とは

赤壁の戦いにおいて、孫権・劉備連合軍が、敵対する曹操軍の船団を火攻めにする計略を巡らせているところへ、蒋幹が案内した龐統が「連環計」を献策する。

曹操軍に潜り込んだ龐統は、曹操に船酔い対策として軍船同士を鎖で繋げることを進言し、曹操の船団が容易に動けないようにしむけた。

引用元:Wikipedia



24: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:01:15 ID:doD
赤壁はあったぞ
演義とくらべてだいぶ地味やが

27: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:02:27 ID:rkc
赤壁の戦いはある
なお演義によって脚色されまくってる
ってだけやろ

29: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:03:37 ID:O8K
三国志演義は事実に取材したファンタジー小説だから

28: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:02:53 ID:doD
赤壁の全貌は結局どんな感じなんやろ
曹操と周瑜とが交戦したのかさえ微妙やん

32: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:04:16 ID:jpH
曹操軍で病気が流行したから仕方なく帰った説が有力って聞いた

35: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:05:07 ID:doD
>>32
でも劉備とは交戦したし黄蓋の火計もやってる
時系列がよくわからん

47: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:07:10 ID:sI5
>>35
全てを真実だと考えて時系列揃えようとするのは無理あるね
魏呉蜀がそれぞれ記述違う、特に呉はでたらめが多いから鵜呑みにできない

42: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:05:59 ID:3ZQ
クレオパトラは美人じゃなかった

43: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:06:18 ID:O8K
>>42
そらギリシア人やし

49: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:07:57 ID:JF0
西郷どんは意外と小さかった

51: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:09:05 ID:R9e
>>49
あの時代の平均身長は今の女並みやし

63: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:10:51 ID:zOa
ナポレオンとリヒャルト・ヴァーグナーは言うほどチビじゃない
当時の平均身長より低かっただけで170はあった

64: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:11:12 ID:jpH
>>63
当時の平均そんな高かったんか

67: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:12:20 ID:FlW
ナポレオンは平均身長より上だったけど、周りの将軍たちが180とか190ある高身長だったから相対的に小さく見えたとか

91: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:20:41 ID:45S
前田慶次の身長が158センチしかなかった

99: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:23:31 ID:zOa
インドのサンスクリット古典劇(ナーティヤ)はインド独自の文化ではなく、
ギリシャ演劇を持ち込んでインド人がそれを真似して作っただけ
オリジナルであってほしかった

112: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:27:49 ID:2oT
歴史のガッカリはでもやっぱりな感ある
ティラノサウルス腐肉漁り説のほうがガッカリやわ

114: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:28:22 ID:mG4
後三条天皇退位は院政を意図したわけではなく体調不良

128: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:31:23 ID:zOa
イエス様の亡骸をくるんだ聖骸布はインチキ
本当は布にくるんでさえもらえなかったからそんなものありはしないという話

133: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:32:41 ID:2oT
>>128
そもそもイエスの顔をあのようにヒゲがあるスタイルで描くのが
かなり後世になってかららしいな

142: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:37:35 ID:zOa
光明皇后は言うほどぐう聖じゃない
ハンセン氏病の患者の膿を口で吸ったエピソードは
娘が母親を美化して盛り込んだ創作

162: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:41:29 ID:YzV
>>142
石田「感染したら嫌やしな」

165: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:42:18 ID:gsp
>>162
お前は頭からお茶被れや

167: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:42:59 ID:O8K
>>165
おっ花祭りの仏像か

147: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:38:15 ID:bx7
ヒッタイトは鉄を生み出した
→ほぼ否定

149: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:38:46 ID:Chs
>>147
征服した先住民の製鉄技術吸収したんやろ確か

150: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:38:49 ID:bx7
アイルランド人はケルト人の末裔
→完全に否定

164: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:41:45 ID:bx7
タラス河畔の戦いで製紙法がイスラム世界に伝わった
→最近異説のそれ以前に伝播した説が強くなる

166: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:42:58 ID:EfB
>>164
サイリンが製紙方つくったってのも否定されてるらしいな

186: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:49:37 ID:LGV
国の最盛期作った奴は大体戦犯に片足突っ込んでるのも知るたびガッカリする

194: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:51:27 ID:bx7
>>186
全盛期は裏を返せばここからは下り坂ってことやししゃーない

205: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:55:26 ID:Chs
>>186
シャージャハーンとかユスティニアヌスとか武帝とか遠征しまくったり巨大建築建ててる君主は大体財政破綻させてるからなぁ
逆に永楽帝は何であんなにモンゴル遠征しまくって紫禁城建てて鄭和に大冒険させたのに衰退しなかったんやろ

196: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:51:35 ID:qZj
無敵艦隊は無敵じゃない

「無敵艦隊」とは

スペイン王フェリペ2世 (在位 1556~98) によってつくられた強力な海軍。

新興のイギリス勢力に対抗するため,フェリペ2世は,サンタ・クルス侯を提督とし,戦艦 130隻,船員 8000人の艦隊を組織させ,それに陸軍1万 9000人を乗組ませイギリス本土攻撃を企図し,絶対に敗北しないという自信のもとにこれを無敵艦隊と呼んだ。

これを迎撃するイギリス艦隊はわずか 80隻にすぎなかった。

しかし,7月から8月にかけて行われた無敵艦隊とイギリス海軍との決戦は,機動力に富んだイギリス海軍の大勝利に終り,スペインに帰国した戦艦は半数以下であった。

無敵艦隊の大敗北により,制海権はイギリスの手に渡り,スペインの国際貿易,植民地経営は打撃を受け国力の衰退を招くにいたった。

引用元:コトバンク



200: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:53:41 ID:O8K
>>196
よく知られてる歴史事実やぞ

202: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:54:07 ID:gsp
>>196
無敵艦隊(笑)やぞ

203: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:54:57 ID:AAf
無敵艦隊は元々皮肉だから・・・

206: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:56:03 ID:bx7
レパントの海戦でオスマン帝国は大敗し制海権を失い衰退を始めた
→わずか半年で最新の艦隊を復旧させる、領土もさらに拡大を続ける

208: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)22:56:29 ID:Chs
>>206
ついでにチュニジアも回復したしな

215: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:02:03 ID:iUw
コロンブス「ここはインドなの~;; 誰がなんと言おうとインドなの~;;(測量からして新世界なのは分かっとるが、認めたら罪人になっちゃうんじゃあ~;;)」 ← コロンビアにのみ名前がついた

アメリゴ・プッチ「いやここ新大陸やろ、常識で考えて」 ← アメリカの語源となる


誰やねんプッチちゃん

アメリゴ・ヴェスプッチ

アメリゴは1503年頃に論文『新世界』を発表する。1499年から1502年にかけての南米探検で彼は南緯50度まで沿岸を下った。

南米大陸がアジア最南端(マレー半島、北緯1度)とアフリカ最南端(南緯34度)の経度をはるかに南へ越えて続くため、それが既知の大陸のどれにも属さない「新大陸」であることに気づいた。

1507年、南ドイツの地理学者マルティン・ヴァルトゼーミュラーがアメリゴの『新世界』を収録した『世界誌入門』(Cosmographiae Introductio)を出版した。

その付録の世界地図にアメリゴのラテン語名アメリクス・ウェスプキウス(Americus Vespucius)の女性形からこの新大陸にアメリカという名前が付いた。

引用元:Wikipedia



218: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:02:39 ID:Chs
>>215
コスタリカにコロン市ってあるらしいで

225: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:04:58 ID:zOa
>>218
そのコロンってコロンブスではなくラテン語で植民地という意味の言葉が語源じゃなかった?
ケルンとかテアトロ・コロンと同じ言葉

219: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:03:10 ID:emT
諸葛孔明は現代のワイらと同じくらいデカい偉丈夫

220: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:03:35 ID:doD
>>219
180やっけ

221: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:03:39 ID:sI5
>>219
だいたい185だぞ

222: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:03:41 ID:Pz7
むしろ歴史のガッカリしない所ってどれぐらいあるんか?

227: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:05:54 ID:O8K
>>222
ローマ帝国は千年王国

230: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:07:19 ID:EfB
>>222
東ローマ帝国の最後の皇帝の死に様

229: 名無しさん@おーぷん 2018/12/26(水)23:06:53 ID:iUw
>>222
明治維新とかいう誰も望んだ感じに進んでないのにベストの解決になった回天劇

引用元:http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/livejupiter/1545828137/


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